れんげ草のころ
わたしはわたしのほかに
わたしのような子供がいることを知らなかった。
世界はわたしを中心に回っていた。
「人間はポリス的動物である」と言ったのはアリストテレスだが
ポリス的にならない方がいい場合もある。
わたしはわたしの世界を守りたかった。
水や木や草や花や風とともに過ごす
わたしの世界を。
家の前に川があった。
川向こうにたんぼがあった。
春になるとたんぼは
れんげの花でいっぱいになった。
あぜ道にはうすむらさきのすみれが咲いた。つくしも顔を出した。
れんげといっしょに笹の葉に似た草も生えた。
わたしはその草で作った草笛が好きだった。
ゆったりとした時間の流れ。
やわらかな陽射し。
わたしはれんげのじゅうたんの上で一日を過ごした。
大の字になって空を見上げると
それはわたしだけの空になった。
世界のすべてがわたしのものだった。
れんげの咲くあのたんぼは
いまはもうない。
深く淀んだみずうみの底。
思い出と呼ぶにふさわしいほどの時を経て
わたしの世界も沈むにまかせた。
れんげ草のころ
わたしはしあわせだった。
それが唯一のしあわせだと
信じて疑わなかった。
やさしい春の真ん中で
取り残されたことも知らずに。
薄青の紫陽花が
緑の合間にぼおっと浮いている。
もみじはまだ「紅葉」ではなくて
萌黄色の葉を風になびかせている。
未来とか
希望とか
夢とか
われわれが願いを込めて呼ぶものに
もし色があるのなら。
紫陽花の青。
紅葉の萌黄。
こんな色なのかもしれない。
かれらの生きた時代から
はるかな時を経た人々は
旅に安易な道を望み
仮の宿にあらんかぎりの財を投じ
川の流れを塞き止めて
普遍の未来を夢見ている。
いくつかの時をともに過ごしてきたけれど
そのすべてに訣別しよう。
心が重ならなかった恋人たち。
心を伝えるために
ことばが生まれたはずなのに。
人間たちは
心を隠すために
言葉を操る術を覚えた。
これが文明なら
これが文化なら
こんなもの
いらない。
だってそれは
わたしだけのもの。
わたしじゃないだれかには
ちっともだいじじゃないはずだから。
思い出は
だれにも譲れない。